川下にいる者
寺澤 満春
川上の人々に困ったことあらば、
おのずから川上に出向いてゆき、
わずかなるその力を貸し、
川上の人々に喜ばしいことあらば、
おのずから川上に出向いてゆき、
しずかに言祝ぐ言葉をかけ、
川上の人々が恙なきときも
常に川上の人々に心を馳せ、
さらに恙なきことを祈る。
川下にいる者は、川上から流れくる
水の清きも濁りも
そのすべてを受け止める。
川下にいる者は、川上から流れくる
水のすべてに誘われて
川上の人々を出向き訪ねる。
中国のとある思想家が
こんなことを言った。
*
最上の善とは、水のようなものさ。
水はあらゆるものに利益を与え、争わない。
水は人の嫌う地味な場所でもいつも満足しておる。
このように、水は道(タオ)に近いものじゃ。
水は住むために、地味な場所を好む。
水はものごとを考えるとき、奥深さを好む。
友との交わりには、心のやさしさを好む。
言葉には、誠実さをこめることを好む。
政には、良き秩序を好む。
仕事においては、その人の能力を生かすことを好む。
行動においては、正しい時機を好む。
このように、水は争わないから、まちがいはないのじゃ。(注)
*
そんな川下にいる者は、
常に、日常のcareを怠らず、
そして、責任chargeを持ち、
必要に応じて、指導direction、
監督supervisionを行う。
いつも、
すべての川上を支える運営administration、
経営managementを考える。
嵐が吹き荒れるとき、川の氾濫を避けるため、
心ならずも統制controlせねばならない。
川下にいる者よ、
仕事の後先、順序をまちがうな。
常に、日常のcareから始まることを。
そして、来るか来ぬか非常時以外は、
川上を支える運営administration、
経営managementにあることを。
さて、川上にだれがいる
そう、川下に汝がいる
子どもらは川上にいて
親や教師らは川下にいるもの
世の中にトップと言われる人々こそは、
実は川下にいなければならない人々だ
トップにあぐらをかいて
トップダウンだボトムアップだなんて
議論は超えてゆけ
おのずと川は上から下へ流れるのもさ
世の中のボトムにいると思っている人々よ
実は川上にいることを意識せよ
ボトムにあぐらをかいて
ボトムアップだトップダウンだなんて
議論は超えてゆけ
おのずと川は上から下へ流れるのもさ
そして、川の流れにそっと身をまかせると、
トップにいる自分も、ボトムにいる自分も
いつしか
川下にいる者に見えてくるものさ。
(注)老子『道徳経』第8章を作者が意訳したものです。
詳しくは、LaoTao81−老子の思想−を参照のこと。
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