教科とつながり、教科を超えた旅での学び、
それは、まさに体験する喜び
〜佐渡島修学旅行へ〜
成田喜一郎
1 なぜ、東京・練馬にある中学校が佐渡島にゆくことになったのか
本校では、これまでずっと東北方面への修学旅行をしてきました。特に、岩手県の沢内村や田野畑村を訪ね総合的な地域学習、体験学習や交流学習を経験してきました。
2年前、子どもたちが中1のときの担任会で、佐渡島修学旅行が提案されました。
その理由は、当時担任5名のうち3名(国・社・理の先生)が佐渡島を訪れたことがあり、特にその中の一人理科の先生は毎年夏にご家族や友人たちで佐渡島を訪ねるといいます。佐渡島の自然と歴史・文化を総合的に学習ができると予察されたからです。
これまでにわたくしが佐渡島を訪れたのは1992年8月の家族旅行と1997年9月の修学旅行に向けた実地踏査(下見)旅行の2度でしたが、まず、もっとも強く印象に残っているのは、至る所にある能舞台です。特に、田んぼのすぐ脇にあったかやぶき屋根の能舞台です(全国の約半数は佐渡にある)。昨年の秋には7軒になったと言われていますが、6年前には、見ることが出来なかったコンビニエンス・ストアです。コンビニのない佐渡の暮らしは、東京・練馬に住むわたくしたちの暮らしとはライフスタイルが大きく異なるということです。さらに、昨年、初めて訪れた新穂村にある「清水寺」です。ここは、京都の清水寺より小ぶりですが、まさに「清水の舞台」があるのです。しかも、観光客を当て込んだ手当てなど施していない自然なままの寺院でした。
東北方面から新潟・佐渡方面へと大きく方向転換することについては、予め学年で海を渡るということの安全性や経費の問題など事前の調査・検討を踏まえて、職員会議で提案し承認されたました。(向こう3年間は、当該学年が目的地方面を決定してよいことになったです。)
2 担任教師たちのねらいとねがいについて
What I Hear I
forget. What I see I remember. What I do I understand.
《 百聞は一見に如かず、百見は一試に如かず 》
佐渡島は、本校の修学旅行始まって以来の目的地ですが、これまで沢内村・田野畑村修学旅行で培われてきたコンセプトを生かして計画を策定しました。
もちろん「パック旅行的」ではなく単なる「物見遊山の旅」などではなく、子どもたちとわたしたち教師にとって教科とつながり教科を超えた意味・意義のある「総合的な地域学習の旅」をめざすことであり、また、「事前学習とその確認学習中心の旅」であるよりは「現地体験・現地発見学習を重視した旅」をめざすことでした。現地にゆくことになっているからそこにゆくねらいを設けるのではなく、まさに、子どもたちがそこにいく意味や意義があり、ねらいやねがいがあるからそこへゆくという修学旅行が求められています。
この「現地体験・発見学習を重視した旅」をめざすことができたのは、子どもたちの中に以下のような見方・考え方・感じ方が培われてきていると思われたからです。
@ 班活動を基礎にした現地体験・現地発見学習の旅/体験の積み重ね
1年時春の遠足「浅草・上野 発見の旅」
2年時春の遠足「江戸東京博物館 ウォークラリーの旅」・白馬/山の生活「自然にやさしい飯盒炊爨・お料理コンテスト」など。
A 日常の教科の授業や学年活動において培われたものの見方・考え方・感じ方
教科を中心とした授業ディベート、学年におけるパネルディスカッション・こんにゃくの栽培やこんにゃくの手づくりや課題研究への取り組みなど。
子どもたちが、多様で異なる立場や考え方を認め合い学び合った経験、その相互交流・相互啓発を通してみずからの価値観や世界観を深め合ってきた経験は、まさにここでも発揮されるはずです。
そして、教師は、子どもたちの<引率者(指導者)>としてだけではなく、子どもたちの学習活動の<ファシリテーター(支援・促進者)>として子どもたちにかかわれればいいと思います。さらに、促進者としての教師自身の期待や願いもほとばしり出てくるような修学旅行、つまり、教科からつながり教科を超えて担任教師がそれぞれ主体的に関わってゆく中で総合的な地域学習・地人史学習に取り組めたらいいと思っています。
今、「総合的な学習」が叫ばれる昨今、「総合的な学習」なる課題が先にあって考えられた修学旅行ではなく、子どもたちにとって教科とつながり教科を超えた意味・意義があり、教師みずからが期待でワクワクしてくるような修学旅行が、結果として「総合的な学習」に練り上がっていけばいいのです。
3 「終わりもよければ佐渡の幸」〜子どもたちのねらいやねがい〜
もちろん、修学旅行に対する教師のねらいやねがいは存在します。現地の自然や歴史・文化を理解し、それを鏡としてみずからの地域のそれを見つめ直してほしいなど。
そのねらい・ねがいは、きわめて大雑把な大枠でしかありません。実際には、子どもたち自身が定めた目標に寄り添い、促進してやることです。
5月19日から22日までに訪れた佐渡島修学旅行に向けた子どもたちの目標は、「終わりもよければ佐渡の幸」というキャッチ・フレーズに決まりました。
「終わりよければすべてよし」という言葉をヒントに中学校最後の校外学習行事の成功をめざし、また、佐渡島ならではの「幸」を見つけることという子どもたちのねがいがこめられています。しかも、初め提案は「終わりよければ佐渡の幸」であったのですが、さんざん議論をした挙げ句、終わりさえよければいいやという気持ちを否定してその過程を大事にするという意味をこめて「終わりも」になったのです。
子どもたちが佐渡ならではの「幸」を発見するために、次のような体験学習を中心に計画しました。
@ 本間寅雄(磯部欣三)さんの話(能楽)に耳を傾ける
A 清水寺(京都の清水寺のミニチュアのような舞台のある)境内に佇む
B 無名異焼き、沢根の地引網、宿根木のそば打ち等を体験する
C 佐渡博物館ウォークラリーをする
D 佐渡おけさ・鬼太鼓を見学(体験)する
E 磯辺の水生生物などの自然観察をする 等
このような体験学習を中心とした修学旅行の事前学習として、子どもたちはレポート1、2枚程度の一人一研究「佐渡研究」を行いました。
また、修学旅行実行委員会は、目下、6つの部会に分かれ事前の準備をしています。
◎執行部(実行委員長と副委員長と各部長を中心に全体の動きを調整してゆきます)
・学年主任(研究委員会所属で社会科の担任)がファシリテーターです。
◎生活部会(修学旅行生活全般にわたるルールや小遣いの上限などを決めます)
・生活指導委員会所属の担任などがファシリテータ−です。
◎レク部会(和楽会を開催し、グループゲーム等の実施を計画しています)
・生徒活動委員会所属で音楽科の担任がファシリテータ−です。
◎歴史文化部会(「佐渡研究」ミニ・レポートをもとに「しおり」を作成しています)
・帰国子女委員会所属で国語科の担任がファシリテータ−です。
◎自然観察部会(インターネットで佐渡自然情報を収集し、磯辺を中心とした自然観察を中心とした催し物を計画しています)
・教育機器委員会所属で理科の担任がファシリテータ−です。
◎広報部会(修学旅行への情報とムードを盛り上げる「さどんりぃSADONY」という広報紙を発行し、現地での想い出写真コンテストの企画を考えています)
・研究委員会所属で社会科の担任がファシリテータ−です。
担任教師は、みずからの立場や分掌を考慮して、出来る限り意思・意向が生かされる仕事のファシリテーターとなっていきました。
事後学習としては、「『私家版・佐渡旅行指南書(ガイドブック佐渡島)』を作ろう」という課題に取り組み、10月末の学芸発表会・展示発表部門において、それぞれがルポライターや編著者・発行者になって取材・執筆・製本をして作った『私家版・佐渡旅行指南書(ガイドブック佐渡島)』を出品しました。
4 子どもたちと教師のためになる修学旅行をめざして
子どもたち自身が、修学旅行のねらいやねがいを持ち、みずからの修学旅行を作りあげてゆく。 子どもたちは、修学旅行を通して佐渡島の自然や歴史・文化と人々とかかわりつながり、子どもたち自身の住む地域の自然や歴史・文化、子どもたちの暮らしを見つめ直してゆく。
そのためには、教科を超えた佐渡島に関する知識や情報を広めるだけではなく、「百聞は一見に如かず、百見は一試に如かず」の精神で佐渡島ならではの実物・本物との出会い、体験や試みを通して学び取ってゆくことが大切なのではないだろうか。
そして、わたくしたち教師自身も自らの体験や知識を生かし、子どもたちの引率や活動の促進を通して情熱を注ぎ込める修学旅行をめざしたい。
単なる行事の消化としての修学旅行ではない修学旅行づくりを通して、教師自身が様々な体験や知識を広め深め高め、みずからの主体変容(変様)をももたらす修学旅行をめざしたい。
*1998年5月9日、筆者が、新潟県長岡市で行われたシンポジウム「あなたは21世紀の学校をどうつくる」のシンポジストとして参加したときの資料プリントに一部加筆訂正を行ったものです。